【スポーツインフォメーション堺 Vol.4】
●特集…エンジョイスポーツ ―健常者も障害者も“みんなのスポーツ”―
みんなのスポーツ=スポーツフォーオール(全ての人々にスポーツを!!)という考え方は、1960年代にヨーロッパの国々で広まり、今では体育・スポーツの世界的な潮流となっている。
平成10年の3月に行われた長野パラリンピック冬季競技大会は、これまでの障害者スポーツ=“リハビリテーション”というイメージを一挙に“競技スポーツ”へと変化させました。
しかもこの大会は、スポーツにおいて障害者と健常者の間に境目がないことを世に示し、誰でもどこでもスポーツができる社会もう間近に迫ってきたような、そんな感動を私たちに与えてくれました。
『スポーツは、人間が体を動かす本能的な欲求に応え、人間形成にも大いに役立つとともに、爽快感やスポーツ仲間との連帯感といった精神的充足や楽しさ、喜びを与えてくれる文化のひとつです。』
『そして障害者が特別な社会に生きているのではなく、みんな同じように「仕合わせ」を求めて生きています。』
『今後スポーツにおいては、老いも若きも、同じ時に、同じところで、同じように楽しむ「みんなのスポーツ」の時代がおとずれることでしょう。』
とは、今年の2月16日にファインプラザ大阪で開催された、大阪府障害者スポーツ振興協会主催の「第1回大阪府障害者スポーツコーチサミット」の基調講演で田口守隆氏(大阪体育大学学長)の言葉です。

堺で活躍しているバリアフリーな人々
健常者の大会出場目指して
光明池のファインプラザ大阪(大阪府立障害者交流促進センター)と堺市立同和地区スポーツセンターを拠点に活動している『イーグルス大阪バドミントンクラブ』という障害者と健常者の混合チームのみなさんの練習会場にお邪魔しました。
主なメンバーは8人、肢体不自由の崎川晃弘部長さん、横関大輔さん、高倉和之さん、永野弘さん、車椅子の扇谷肇さん、楠瀬由希也さん、水戸好子さんです。
今年度の成績は、4月障害者の大阪オープンで団体優勝、10月全日本身体障害者ダブルスで、楠瀬さん高倉さんが2位。第16回岡山身体障害者親善スポーツ大会で、永野さんが優勝。名古屋・全日本選手権で、Dクラス(A視聴覚障害者、B軽度下肢障害、C下肢障害、D重度下肢障害及び車椅子)で高倉さんが優勝と、記録はすごい。
今は週2回、木曜日の夜は光明池のファインプラザ大阪、土曜日の夜には主に堺市立同和地区スポーツセンターで練習しています。
結成約10年、もともと結成当時のメンバーは、ファインプラザ大阪のプールや体育館で、リハビリのため水泳をしていた人や、ファインプラザ主催のバドミントン教室などで知り合った人たちが、声をかけ合い集まったそうです。
メンバーはこの10年で多少入れ替わってはいます。しかし“継続は力なり!!”で、メンバーの体力も技能も向上し、いろいろな大会に出られるようになってきました。外に出る機会も増え遠方にも仲間ができたり、なんといっても、このチームの魅力は「障害のあるなしにかかわらず、メンバーを集めていきたい。」ということです。
部長の崎川さんは最初の頃の様子を噛みしめるように語ってくれました。
『結成当初は、上達にも大変時間がかかりました。結成から4~5年経った頃、一度堺の大会に出場したことがあります。しかし力不足で、ゲームを楽しむこともなく負けてしまいました。また対戦相手や周囲から不自然な気遣いを感じ、それからはまだ一度も一般のバドミントン大会には出ていません。』
しかしイーグルス大阪のメンバーはそんなことでふさぎ込んではいませんでした。それから約5年間“もっとうまくなりたい”“そしてもっといろんな相手と楽しみたい”という思いで地道な活動を続け、若手のメンバーも加わり最近ではぐんと実力を上げてきました。
加えていうなら、今のこのチームの希望は、健常者の大会に出てみたい。初心者のチームや、ママさんチームがあれば、いつでも胸を貸したい(笑)。中でもチームの若いメンバーは「若い女性にもメンバーになってほしい」(もちろん男女問わず募集中)と言い、青年らしく積極的です。
彼らの心にはバリアはありませんでした。またイーグルス大阪の活動に特別な“障害者のスポーツ”という意識は感じられませんでした。
まさにスポーツに垣根はなく、みんな共通の楽しみであると実感できました。メンバーの三好さんが笑顔で、『活動し易い施設があり、仲間がいて、人間関係が広がる。そうすると少しずつ身体も心も健康になっていく“スポーツは最高”』と語っていました。
彼らの生活にスポーツが欠かせない存在になっており「みんなのスポーツ」のお手本がここにありました。

スポーツ活動も人と人との信頼関係が大切
金曜日の午後1時から5時には堺市立鴨谷体育館(または和泉市コミュニティー体育      館そして火曜日の午前10時から午後1時にはファインプラザ大阪で主に活動している、ママさん卓球の『泉北卓友会』の練習会場で、部長の高田絹江さんと車椅子の下中正巳さん(50歳)にお話を伺うことができました。
高田さんと下中さんとの出会いは約10年前。そして2年前から下中さんも泉北卓友会と共に活動を始めました。高田さんは大阪府や堺市の卓球協会の中心的な存在であり、(財)堺市教育スポーツ振興事業団主催の卓球教室の指導員としても活躍されています。
下中さんは、5年前イギリスで行われたストークマンデビルス大会(車椅子だけの世界大会)で見事銅メダルを獲得されました。また2年前(1997年)には、全日本クラス別(1重度から5軽度)卓球静岡大会でクラス4、さらに大阪で開催された全日本JTTAPHカップにも出場し役員として運営に携わりながら、それぞれ第2位と第3位を獲得されています。まさに人物・技量ともに現在日本の車椅子卓球会の中心的存在です。
16歳で障害を受け、25歳から始めた卓球は今ではトップレベル。ママさん卓球と車椅子卓球は球質や動きに共通点が多く練習相手としてはお互いに非常にプラス面が多いそうです。高田さんの話では「私たちは下中さんの胸を借りているんですよ。下中さん相手に練習をしていると壁みたいなもので、もっと練習にきてほしいのですが、下中さんは各方面からの信頼が厚く、協会の役員やみなさんのお世話が忙しくって、最近ではたまにしか練習に参加してもらえないのが残念です。」下中さんは「卓球は、健常者と五分五分で競える競技なんです。車椅子の場合若干ルールを変えて行われますが、ほとんど一般の卓球と同じです。」「ただ最近車椅子のスポーツが、バスケットボールやマラソンなどの華やかな種目に人気が集まり、地味な卓球は競技人口が増えないんです。しかも卓球は簡単そうに見えて非常に奥が深いので、上達にも時間がかかるんです。」と語っていました。

みなさんぜひ見に来てください
第9回大阪府身体障害者卓球大会が4月25日(日)に初芝体育館で行われます。
この大会は前述の下中さんが発起人で9年前に堺市金岡公園体育館で第1回目が開催されました。毎年一回実施してきたこの大会は、近年では日本の障害者卓球(上肢障害、下肢障害、聴覚障害など)のプレーヤーたちが120名以上集まるビッグな全国規模の大会に発展してきています。この運営に加わっている健常者への呼びかけやその仲介は高田さんの役目。下中さんは障害者を集める役目です。そして、卓球メーカーの協力も得て有名選手を招待し、大会を魅力あるものに仕上げています。これまでには健常者の全日本チャンピオンも参加したり、昨年はあの卓球少女「愛ちゃん」も初芝体育館へ来てくれました。
高田さんは「ボランティアで協力してくれた人たちは、全員と言っていいほどかえって励まされ成長して帰ります。もっと多くの健常者のみなさんにもこの大会を見に来てほしいと思います。」と最後に語ってくれました。